ノーム・チョムスキーは本当に真実を探求する者なのか?2007-12-25 Tue 15:47
皆さんはノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)氏なる人物をご存知だろうか?
彼は米国在住のユダヤ人で、有名なMIT(マサチューセッツ工科大学)の教授でもある。 そして「合意の捏造」という書籍を書き、既存メディアが国家のエリート層に統制されているとしてアメリカ国民に警告している。 ノーム・チョムスキー氏のWikiはこちら ただしこの前紹介した木村書店の発行の季刊誌「真相の深層」最新号では「J・ペトラスが徹底的に暴く:ノーム・チョムスキーの詐欺ペテン」という目次が踊っていた。 果たして真実はどうなのだろうか? ここで一つ参考になる映画を見て頂きたい。 「チョムスキーとメディア−マニュファクチャリング・コンセント」という長編ドキュメンタリー映画だ。 チョムスキーとメディア 1/14 ▼ ▼ ▼ チョムスキーとメディア 2/14 チョムスキーとメディア 3/14 チョムスキーとメディア 4/14 チョムスキーとメディア 5/14 チョムスキーとメディア 6/14 チョムスキーとメディア 7/14 チョムスキーとメディア 8/14 チョムスキーとメディア 9/14 チョムスキーとメディア 10/14 チョムスキーとメディア 11/14 チョムスキーとメディア 12/14 チョムスキーとメディア 13/14 チョムスキーとメディア 14/14 私がこの映画を見終わった瞬間に感じたことは、以前当ブログで取り上げた、映画「ロード・オブ・ウォー」と構図が大変似ているということだ。 映画「ロード・オブ・ウォー」は巧妙なプロパガンダ映画である、はこちら 特に一番気になった点を上げてみよう。まずこの映画の中で、チョムスキー氏はナチス強制収容所にガス室は無かったという研究論文を発表したフランスのフォリソン氏に対して、言論の自由という観点から擁護している。これは既存メディアが国家のエリート層に統制されていると主張する者としては当然であろう。その行為は至って健全だと思う。 しかし映画の中でチョムスキー氏は「ナチの虐殺があったかどうか、その議論に加わること自体が人間性を失うことである」と述べている。これでは全くのセンチな感情論ではないか。 チョムスキー氏は映画の中でこうも述べている「謙遜しても仕方ない。私は一定の仕事をうまくやれる。分析ができるし、調査や研究の能もあると思う。やりかたは心得ている。世界の仕組みも理解しているつもりです」 では何故ガス室を否定したフォリソン氏の研究に対して正面から向き合い、チョムスキー氏お得意の分析・調査・研究をしないのであろうか?それは学者としての職務放棄ではないのか? またチョムスキー氏の主たる標的はメディアとそれを統制する国家のエリート層のようだが「世界の仕組みも理解しているつもりです」と述べるほどの人物であるのならば、メディアとエリート達の裏には必ず資金源があり、それは他ならぬ国際的な銀行家たちであるという答えに行く着くはずなのだが? 最終的な標的を国家に据え、それ以上の本質は追求しないという姿勢はまるで映画「ロード・オブ・ウォー」のようではないだろうか? 学者やジャーナリズムにまず必要なのは真実であって感情論ではない。もし提示された問題に対して疑問点があれば、それは分析・調査・研究されるべきであろう。 「真相の深層」最新号に掲載されている「J・ペトラスが徹底的に暴く:ノーム・チョムスキーの詐欺ペテン」については入手次第、感想を述べたいと思う。
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