真実の探求

一部の特権階級(国際金融グループ)とその代理人と化した政治家達の詐欺的手法を暴き、真実を白日の下に晒すべく活動中!

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天皇の隠し財産・・・これこそ現在の拝金主義の源流ではないのか?

てやんでぇ!べらぼうめぇ!こちとら江戸っ子よ、宵越しの金なんざもてるかってんだ
(ー_ー)!!
お前アホちゃうんか?宵越しの金が無かったら、朝コンビニでパンも買われへんやんけ
(^_^;)

という会話が現代日本の片隅で起こるとは、まず考えられないが(笑)
どうやら敗戦直前の天皇家は後者のような言行を実行したようである。しかも国民に対しては秘密裏に・・・。しかもその巨額の天皇家資産は明治時代から天皇家と日本郵船会社、三井、三菱等の財閥企業による実質的な売春婦の輸出やアヘン貿易によって蓄財されたものなのだ。今回はそれが如何なるルートでGHQの目を逃れたかをみていこう。

エドワード・ベアは『裕仁天皇』の中で次のように書いている。

「皇室はこれらの資産の大半を失ったが、SCAPの厳しい監査の目をのがれて、残された資産もいくらかあったようである。敗戦の濃くなった1943年、44年、専門家の助言に従って、海外の仲介人を通じ、日独伊枢軸国に好意的だったスイスやアルゼンチンのようなラテンアメリカ諸国の銀行に資産を移されたとも言われる。1948年7月19日付のSCAPの報告書には、『日本の公的、私的財産は共にSCAPの十分監視の行き届かないラテンアメリカ諸国に流出した』とある。」

ではその流失資産さんとは如何程なのだろうか?
あるASADの専門家は、戦時中に総額4100ポンドの皇室財産が大部分、横浜正金銀行を通じて海外に運び出されたと見ている。そのうち、スイスに流れたのは850万ポンド、ラテンアメリカに流れたのは1004万ポンドであった。

だが海外へ秘密裏に隠匿された以外の資産でも、天皇家の資産は巨額であったようだ。

敗戦直後に宮内省がGHQに報告した皇室財産の総額は約16億円。皇居、御所などの建物のほかに、山林面積は群馬県と栃木県の二県の合計に等しく、農地は奈良県の全耕地面積に匹敵するといわれた。この報告書を見たGHQの係官は、皇室は金銭ギャングの最たるものだと言ったという

さて、私はこの項を書くためにたくさんの本を読んできた。私はポール・マニングの『米従軍記者が見た昭和天皇』を読んでいる。興味ある読者は是非読んでほしい。もう一度、この本から引用する。今までの私の推理を裏付けてくれそうである。

「1944年1月、昭和天皇は参謀総長と軍令部総長から結論として太平洋戦争に勝機はないと報告され、木戸内大臣に和平計画を立てるよう指示した。木戸は当然のことながら、この指示の意味は皇室財産を守ることが第一であり、日本を平時の状態にする準備は二番目であると理解したのである。二番目の状況を達成するには時期尚早だったができた。木戸は皇室の財政顧問でもある主要銀行の経営者たちを招集し、会議を開いた。彼らの提案で、天皇の現金が東京から銀行間無線でスイスに送金されたのである。東京にある天皇の銀行口座の残高が事実上ゼロになったが、スイスの銀行の番号口座残高が急激に増加したのだった。横浜正金銀行のスイスの支店は次に、天皇の仮名による銀行投資にドイツの信用を付け、天皇の流動資産の換金能力をさらに高めた。他の財閥の大企業経営者たちも天皇の現金の流出に気づき、アフガニスタン、トルコ、スペイン、ポルトガル、スウェーデン、朝鮮、香港、満州、フランス、ドイツなどに預金していた現金を引き出し、スイスの銀行へ送金した。彼らはまた、ブエノスアイレスにある銀行の法人や個人口座の数も増やしたのである

占領期間中、日本銀行が横浜正金銀行の業務を引き受けることになり、この結果、皇室財産の財務上の秘密が継続して保証されたのである。」

2000年に濱田政彦の『神々の軍隊』がでた。この本の中で濱田は天皇の秘密資金に触れている。引用する。私のこれまでのストーリーを追認するものである。

皇室は蓄えた資産をモルガン商会を通して海外で運用していたが、金塊、プラチナ、銀塊などスイス、バチカン、スウェーデンの銀行などに預けられていた。(略)中でも国際決済銀行、通称“バーゼルクラブ”は、世界の超富豪が秘密口座を持つ銀行で、治外法権的な存在であった。(略)内大臣木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和十九年一月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような巨額の皇室財産を海外に逃がすよう指示した。そこできれいな通貨に“洗浄”されたが、その際に皇室財産は、敵対国にばれぬようナチスの資産という形で処理された。スイスは極秘裏にナチスに戦争協力していたので、ナチスの名のほうが安全だったわけである。(略)皇室とバチカンとフリーメーソンの関係をたどっていくと、世界の闇が明らかになってくると思われる。おそらく戦後の皇室がえらく貧乏にみえるのは、その資産を戦後の日本復興に使ったからなのかも知れない。M資金の闇は深い。」

濱田政彦の書いていることは間違いない。ただし、「おそらく戦後の皇室がえらく貧乏にみえるのは、その資産を戦後の日本復興に使ったからなのかも知れない」には全く賛成できない。私は昭和天皇が戦後も、マニングが書いているように蓄財作戦に熱中していたと思っている。天皇家の秘密資金の一部がM資金となり、多くの人々を悩ませたのである。

M資金Wikihttp://ja.wikipedia.org/wiki/M%E8%B3%87%E9%87%91

以上は反ロスチャイルド同盟HPに掲載されている「天皇家のロザリオ」鬼塚英昭著、要約をさらに抜粋したものである。詳細はこちら
天皇の蓄財①:http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060825
天皇の蓄財②:http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060826
天皇の蓄財③:http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060827
天皇の蓄財④:http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060828

亡国の危機にあって臣民を欺き、自己の資産を保全する天皇家や財閥の行った行為は糾弾されるべきであろう。ただ、これまた極秘裏に日本復興に使われたのであれば、それは非常に先見の明があったということになるのだが・・・

最後に天皇家のご先祖様をお一人紹介しよう。世界最大の墓所、仁徳天皇陵に眠る、仁徳天皇である。彼は人家の竈から炊煙が立ち上っていないことに気づいて庶民の租税を免除し、その間は倹約のために宮殿の屋根の茅さえ葺き替えなかったという記紀の逸話に見られるように、仁徳天皇の治世は仁政として知られている。

もし皆さんが人の上に立つことがあれば、是非この仁徳天皇の姿勢を模範として頂きたい。
また「罪を憎んで人を憎まず」という言葉もある。取った隠したという次元ではなく、お金というものの本質は反ロスチャイルド同盟HPに沢山紹介されているので、そちらで勉強して頂きたい。

反ロスチャイルド同盟HP:http://www.anti-rothschild.net/index.html

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